※この場合の「ゲームライター」というのは、ゲームのシナリオを書く職業ではなく、雑誌記事やVFB、ムックのライティングを行う人間(職業)を指します。
僕はこのゲームライターというのは、基本的に黒子だと思っているんですよ(もちろん例外は存在しますが)。
なぜなら、雑誌記事にしろVFBにしろ、読者はそのライターの文章を読みたいと思って本を買うわけではありません。記事やVFBになっている元のゲームに興味があるから買うのです。
だから極端な話、読者にとってはライターが誰かなんてのはどうでもいい話で、誰が文章書いてもいいんです。替わりはいくらでもいる、部品みたいなものなんですわ。
ましてや、雑誌記事やVFBの場合は、ライターの上に編集者がいます。記事なり本なりの方向性を決めるのは編集者であって、これら(記事やVFB)に作者がいるとすれば、僕は編集者がそれに該当すると思ってる。だいたい、ゲーム雑誌の編集者はライターより記事作るのが上手くて当たり前ですからね。そうでなければ他人の書いた記事の良し悪しが判断できませんから。
しかし、部品にも違いというのは存在します。ライターの力量によって、同じゲームを題材にしても記事や本のクオリティはかなり変わります。それがライターの意地であり、拠りどころなのです。ライターが単なる部品ではない理由はそこにあります。
たとえば同じ人にインタビューしても、聞き手次第でインタビューの内容は大きく変わります。どれだけ面白い質問を用意できたかとか、インタビューイー(インタビューされる人)の話を聞いて、そこからさらに話を膨らませられたかとか。広告や帯には「●●氏インタビュー」としか書かれませんし、読者にとって大事なのはその●●さんが喋っているという事実だけですが、その中身はライター次第で大きく変わるのです。
また、雑誌記事だってライター次第で変わります。
メーカーから同じ情報もらえば誰だって同じ記事が書けると思われがちですが、決してそんなことはありません。どれだけ分かりやすい記事に出来たか、どれくらいそのゲームを面白そうに見せられたか。それはライターのラフとデザイナーのデザインによって大きく変わるのです。全然ゲームのイメージと違うページデザインにしてしまったり、ページ構成がこなれていなかったり、ライターの日本語が不自由だったりしたら、読者から見たそのゲームの魅力は確実に低下します。もちろん、逆もまたしかりです。
一番分かりやすいのはライターの日本語力ですね。雑誌記事というのは基本的に文字量がものすごく少ない(というか多くすると読んでもらえない)ため、どれだけ上手くゲームやストーリーの内容を要約できるかが重要になります。ごくたまに、記事を読んでもストーリーがあまりよく分からなかったり、どんなストーリーかは分かるけど文章のテンポはイマイチだよなあということもあったりするですよ。2冊以上雑誌を買っているならば、同じゲームの紹介記事を読み比べてみれば結構その違いがわかります。
だから自分的には、ゲームライターが名前を売ることに意味はあまりないと思ってるんですね。いや、出版社の人に覚えてもらうのはめちゃくちゃ大事なんですが、ゲーム業界人とか、何より読者に覚えてもらう必要はあまりない。
しかし例外というのもやはりあって、同じゲームライターでも並はずれて面白い文章を書く人というのはやはり注目されて、記名記事、ひいては自分専門のコラムまで書かせてもらえちゃったりします。その代表的な例がかーずSPのかーずさんとか、好き好き大好きっのYU-SHOWさんですよね。彼らがゲームライターかどうかは置いといて。
ライター業をかじっていた自分的には、天才的な文章というのは書けなかったし、書くつもりもありませんでした。そういう意味じゃ、部品で終わってましたね。
ただ、見やすくてかつ他のどの記事にも似ていない記事を作ろうとか、誰でもすらすら読める※分かりやすい文章を書こうとか、締め切りを守るとか(許しがたいことですが、守れない人は平気で存在します)、部品なりのプライドは持っていたですよ。
とまあ、僕のライター観はそんな感じなんですが。出来ればほかのライターさんの意見もうかがってみたいところではありますね。
※ 「誰でも」といいましたが、これは読解力とかのアビリティより、文章を読もうというモチベーションの影響が大きいと思ってます。雑誌記事の文章を舐めるように読む人が果たしてどれだけいるでしょうか? って話で。だから自分はウェブでもなるたけ簡単に文章を書いてますし、逆にパッと見で何言ってんだか分からない文章は、どんなに内容が良いと言われても読む気が起きません(酷
僕はこのゲームライターというのは、基本的に黒子だと思っているんですよ(もちろん例外は存在しますが)。
なぜなら、雑誌記事にしろVFBにしろ、読者はそのライターの文章を読みたいと思って本を買うわけではありません。記事やVFBになっている元のゲームに興味があるから買うのです。
だから極端な話、読者にとってはライターが誰かなんてのはどうでもいい話で、誰が文章書いてもいいんです。替わりはいくらでもいる、部品みたいなものなんですわ。
ましてや、雑誌記事やVFBの場合は、ライターの上に編集者がいます。記事なり本なりの方向性を決めるのは編集者であって、これら(記事やVFB)に作者がいるとすれば、僕は編集者がそれに該当すると思ってる。だいたい、ゲーム雑誌の編集者はライターより記事作るのが上手くて当たり前ですからね。そうでなければ他人の書いた記事の良し悪しが判断できませんから。
しかし、部品にも違いというのは存在します。ライターの力量によって、同じゲームを題材にしても記事や本のクオリティはかなり変わります。それがライターの意地であり、拠りどころなのです。ライターが単なる部品ではない理由はそこにあります。
たとえば同じ人にインタビューしても、聞き手次第でインタビューの内容は大きく変わります。どれだけ面白い質問を用意できたかとか、インタビューイー(インタビューされる人)の話を聞いて、そこからさらに話を膨らませられたかとか。広告や帯には「●●氏インタビュー」としか書かれませんし、読者にとって大事なのはその●●さんが喋っているという事実だけですが、その中身はライター次第で大きく変わるのです。
また、雑誌記事だってライター次第で変わります。
メーカーから同じ情報もらえば誰だって同じ記事が書けると思われがちですが、決してそんなことはありません。どれだけ分かりやすい記事に出来たか、どれくらいそのゲームを面白そうに見せられたか。それはライターのラフとデザイナーのデザインによって大きく変わるのです。全然ゲームのイメージと違うページデザインにしてしまったり、ページ構成がこなれていなかったり、ライターの日本語が不自由だったりしたら、読者から見たそのゲームの魅力は確実に低下します。もちろん、逆もまたしかりです。
一番分かりやすいのはライターの日本語力ですね。雑誌記事というのは基本的に文字量がものすごく少ない(というか多くすると読んでもらえない)ため、どれだけ上手くゲームやストーリーの内容を要約できるかが重要になります。ごくたまに、記事を読んでもストーリーがあまりよく分からなかったり、どんなストーリーかは分かるけど文章のテンポはイマイチだよなあということもあったりするですよ。2冊以上雑誌を買っているならば、同じゲームの紹介記事を読み比べてみれば結構その違いがわかります。
だから自分的には、ゲームライターが名前を売ることに意味はあまりないと思ってるんですね。いや、出版社の人に覚えてもらうのはめちゃくちゃ大事なんですが、ゲーム業界人とか、何より読者に覚えてもらう必要はあまりない。
しかし例外というのもやはりあって、同じゲームライターでも並はずれて面白い文章を書く人というのはやはり注目されて、記名記事、ひいては自分専門のコラムまで書かせてもらえちゃったりします。その代表的な例がかーずSPのかーずさんとか、好き好き大好きっのYU-SHOWさんですよね。彼らがゲームライターかどうかは置いといて。
ライター業をかじっていた自分的には、天才的な文章というのは書けなかったし、書くつもりもありませんでした。そういう意味じゃ、部品で終わってましたね。
ただ、見やすくてかつ他のどの記事にも似ていない記事を作ろうとか、誰でもすらすら読める※分かりやすい文章を書こうとか、締め切りを守るとか(許しがたいことですが、守れない人は平気で存在します)、部品なりのプライドは持っていたですよ。
とまあ、僕のライター観はそんな感じなんですが。出来ればほかのライターさんの意見もうかがってみたいところではありますね。
※ 「誰でも」といいましたが、これは読解力とかのアビリティより、文章を読もうというモチベーションの影響が大きいと思ってます。雑誌記事の文章を舐めるように読む人が果たしてどれだけいるでしょうか? って話で。だから自分はウェブでもなるたけ簡単に文章を書いてますし、逆にパッと見で何言ってんだか分からない文章は、どんなに内容が良いと言われても読む気が起きません(酷







