■新城カズマの新作「15x24」が面白い、のだけど・・・(平和の温故知新)
平和さんの上記エントリに始まり、いくつかの関連エントリが上がっています。
これらのエントリは、いずれも「15×24」が売れなかった現状ではあまり売れていない原因をライトノベル市場の変化に求めているのですが、自分はそうではないと思います。
では何が悪いのか? それを一言で表現していると思うエントリがあるので紹介。
ようするに、売れる作品を作るためにはどこかにキャッチーさがなければならなくて、「15×24」にはそれがない。それだけのことではないでしょうか。kaien先生も似たようなことをおっしゃっていますが。
この場合のキャッチーさというのは、たとえば奈須きのこ作品の少年漫画と厨二病をいい感じでこじらせた設定であったり、西尾維新作品の変な方向に立ったキャラクターであったり、美少女いっぱいの媚び媚びな設定であったり絵の可愛さであったり、いろいろです。
ここに載っているような作品を見れば、いずれも売れる作品にはいずれもそういったキャッチーさがあることがわかると思います。そしてそのキャッチーさというのは、時代によってファンタジーが流行ったり学園ものが流行ったりと多少の違いはありますが、基本的には普遍的なものです。
問題は、ここでいう「キャッチーさ」と中身の面白さは必ずしも結び付かないということです。
いささか乱暴な言い方をさせていただくと、僕は大半の読者は「一番面白い作品」を求めているのではないと思っています。面白さはそこそこでも、自分が好むジャンルの作品、自分がそのとき読みたいと思った作品を選ぶのではないかなと。
いや、違うか。読者にとっては、自分が好むジャンルの作品でそこそこ面白いものこそが、そのときの読者自身にとって「一番面白い作品」なんですわ。
例えどんなに面白い作品でも、読者がそれを読みたいと思わなければ意味がない。そして、読みたいと思わせるかどうかを決めるのが「キャッチーさ」ではないか。
ただ、たとえ現在の流行が萌え萌えな学園ラブコメだからといって、ライトな作品ばかりが売れるわけではないと思います。
現に「とらドラ!」などは、重くシリアスな展開となかなか解決しがたいテーマを抱えながらも200万部以上売って見せました。
あの作品がすごいところは、多分作者は重っ苦しい展開をやりたいと思っているに違いないながら、個性豊かなキャラクターや70〜80年代が元ネタのとぼけたギャグなんかを盛り込んで、見た目をキャッチーにしてしまったところなんです。そういうパッケージというかデコレーションが大事だと思うのですよ。売りたいならな!
「15×24」に関して言うと、あらすじから何からド直球で勝負していて、非常に潔いと思うし、この作品はそれでいいと思います。この作品が今この時代に生まれたことにも、そしてライトノベルとして出版されたことにも、多分意味がある。
でも今のライトノベル読者層の大半にとって興味が持てる内容ではなかった、ただそれだけのことではないでしょうか。
もっとも、世の中にはライトノベルに限らず「一番面白い物語」を読みたい、つまりどんなジャンルでもいいからとにかく面白いものを読みたいというニーズも一定以上あると思います。なので「15×24」がその層に届けば、売上げが伸びる可能性もあるのではないでしょうか。そこでムーブメントが起きれば、本来出版社が一番この本を届けたかった(であろう)層である中高生にも波及するのではないか。
そのためには、前にも書いたけどdankogaiとか、スゴ本の人とかホリエモンとか、むしろそういう人たちに書評を書いてもらったほうがいいと思うんですよね。
今あの作品がやってる販促企画は作者の鬼ごっことかTwitter企画とか全国的な広がりが期待できないものばかりなので、正直空回りしてる感がいなめないです(作品のカラーにはマッチしてるのかもしれませんが……)。話題になりにくいことばかりしている。どうせ一か所に貼りつくならアキバを徹底的に回ってアキバBlogに取り上げてもらうとか、もっと上手くやれそうな気がするですよ。
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・新城カズマ先生の問いに対するたった1つの冴えた? 回答
平和さんの上記エントリに始まり、いくつかの関連エントリが上がっています。
最近のライトノベルは、ジャンルが固定化されてきたというか、こういう類の作品が大きく売れる土壌がなくなってきてるように感じるな。逆に、ライトノベルとの境目がすでに失われて等しいミステリーとして売った方が、いいんではなかろうか。
■新城カズマの新作「15x24」が面白い、のだけど・・・(ub7637と隣り合わせのHIGHな青春)
思うに、「ジャンルが固定化されてきた」というより「売れるほうに流されている」のではないでしょうかね。「こういう類の作品」=マニア受けするマニアック作品、に対する「売れ線狙いの萌え作品」=気軽に読めるカジュアル作品があるとして、「マニアック作品が大きく売れる土壌がなくなった」のではなく、「カジュアル作品が売れ出したので相対的にマニアック作品が軽視されるようになった」ということなのではないかと。ただしソースもデータもなし。
■マニアックなライトノベルが売れない話、あるいはカジュアルなライトノベルに偏っている話(ウィンドバード::Recreation)
これらのエントリは、いずれも「15×24」が売れなかった現状ではあまり売れていない原因をライトノベル市場の変化に求めているのですが、自分はそうではないと思います。
では何が悪いのか? それを一言で表現していると思うエントリがあるので紹介。
まあそれはいいとして(笑)この「専門性を高めると売れない」というのも実は正確な表現ではなくて、
「専門性を高めると、娯楽性も比例して高めないと売れない」
が正確な表現だと思うのだが。
■ライトノベルには限界がある。ただしライトノベルに限らない(あの頃の僕らは胸を痛めてブギーポップなんて読んでた)
ようするに、売れる作品を作るためにはどこかにキャッチーさがなければならなくて、「15×24」にはそれがない。それだけのことではないでしょうか。kaien先生も似たようなことをおっしゃっていますが。
この場合のキャッチーさというのは、たとえば奈須きのこ作品の少年漫画と厨二病をいい感じでこじらせた設定であったり、西尾維新作品の変な方向に立ったキャラクターであったり、美少女いっぱいの媚び媚びな設定であったり絵の可愛さであったり、いろいろです。
ここに載っているような作品を見れば、いずれも売れる作品にはいずれもそういったキャッチーさがあることがわかると思います。そしてそのキャッチーさというのは、時代によってファンタジーが流行ったり学園ものが流行ったりと多少の違いはありますが、基本的には普遍的なものです。
問題は、ここでいう「キャッチーさ」と中身の面白さは必ずしも結び付かないということです。
いささか乱暴な言い方をさせていただくと、僕は大半の読者は「一番面白い作品」を求めているのではないと思っています。面白さはそこそこでも、自分が好むジャンルの作品、自分がそのとき読みたいと思った作品を選ぶのではないかなと。
いや、違うか。読者にとっては、自分が好むジャンルの作品でそこそこ面白いものこそが、そのときの読者自身にとって「一番面白い作品」なんですわ。
例えどんなに面白い作品でも、読者がそれを読みたいと思わなければ意味がない。そして、読みたいと思わせるかどうかを決めるのが「キャッチーさ」ではないか。
ただ、たとえ現在の流行が萌え萌えな学園ラブコメだからといって、ライトな作品ばかりが売れるわけではないと思います。
現に「とらドラ!」などは、重くシリアスな展開となかなか解決しがたいテーマを抱えながらも200万部以上売って見せました。
あの作品がすごいところは、多分作者は重っ苦しい展開をやりたいと思っているに違いないながら、個性豊かなキャラクターや70〜80年代が元ネタのとぼけたギャグなんかを盛り込んで、見た目をキャッチーにしてしまったところなんです。そういうパッケージというかデコレーションが大事だと思うのですよ。売りたいならな!
「15×24」に関して言うと、あらすじから何からド直球で勝負していて、非常に潔いと思うし、この作品はそれでいいと思います。この作品が今この時代に生まれたことにも、そしてライトノベルとして出版されたことにも、多分意味がある。
でも今のライトノベル読者層の大半にとって興味が持てる内容ではなかった、ただそれだけのことではないでしょうか。
もっとも、世の中にはライトノベルに限らず「一番面白い物語」を読みたい、つまりどんなジャンルでもいいからとにかく面白いものを読みたいというニーズも一定以上あると思います。なので「15×24」がその層に届けば、売上げが伸びる可能性もあるのではないでしょうか。そこでムーブメントが起きれば、本来出版社が一番この本を届けたかった(であろう)層である中高生にも波及するのではないか。
そのためには、前にも書いたけどdankogaiとか、スゴ本の人とかホリエモンとか、むしろそういう人たちに書評を書いてもらったほうがいいと思うんですよね。
今あの作品がやってる販促企画は作者の鬼ごっことかTwitter企画とか全国的な広がりが期待できないものばかりなので、正直空回りしてる感がいなめないです(作品のカラーにはマッチしてるのかもしれませんが……)。話題になりにくいことばかりしている。どうせ一か所に貼りつくならアキバを徹底的に回ってアキバBlogに取り上げてもらうとか、もっと上手くやれそうな気がするですよ。
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